縷々

星になりたかった。

斜景

 東京喰種の金木は、「選んだものなんどもひっくり返して、同じことの繰り返し。くだらなすぎる僕は。カッコ悪い、ダサイ、優柔不断、軟弱者•••それが僕だ」と受け入れて、最後は「世界はそこにあるだけ。たとえいつかなにもかも無駄になるとしても、僕は今日みたいにあがき続ける」と受け入れる姿を見せました。

 彼は物語の中で、幾多の紆余曲折でそう完結させることが出来ました。そしてその起結を、ただ紙の上で眺めているだけの僕は、最近答えを手に入れたはずなのに、またも僕は目を手で覆った。

 今まで輪郭のない痛みが、明確な刃を携えて切りつけてくる。だから余計に、目を覆う手の隙間から、僕の醜悪な姿がちらついて、巨大な嫌悪が襲う。遠回りな文体で、抽象的な言葉を選ぶ理由も、きっとその「明確な痛み」「明確な僕の脆弱性」を直視したくないからなんだと思う。

 ただ、少ない希望は心の底から望むものが、胸の中で鼓動していることだ。

 脈打つ理由は「無干渉」。何にも触れたくないし、誰にも干渉されたくない、ただただ放って置いて欲しい。自分の要塞で籠城したい、外に出たくない、陽の光も浴びず、社会へ繋がる扉に鍵をして、カーテンで遮られた部屋の影を眺めていたい。

 不思議と、死にたいとか、傷つけたいとか、そういう感慨は遠かった。ただ白夜の如く、巨大な怠惰が照りつけているだけで、つまりはそういう思慮することも、どうでもいいと、面倒くさいと思うようになった。

 思考することに疲れた。

 外を歩くときも、いかに迷惑じゃない歩行経路で歩くか、イヤホンをして音楽を聴いてるときも、自分の呼吸がうるさくないか、視線をどこに固定すれば人と目を合わせずに、前を向いて歩けるのか、対抗してくる人の歩行経路や、信号の切り替わりをみて動く車、遠くの笑い声や、すれ違う人々の視線、そんな思考の雨に濡れすぎて、何度も拭おうと試みても、僕が嘲笑されているかもしれないという可能性と、世間が僕を見ていると決めつけている自己、その嫌悪、またその葛藤を何度も見続ける呆れや、軽蔑の息を吐くもう一人の自分、深層的な心理の部分では、僕がかまってほしい、慰めてほしい、同情してもらいたいと欲するが故に一人でお遊戯をしているだけなのかもしれないという可能性、それが真理で、直視しないだけで単純な子供の行動であるという認める認めないの横行、気づけば過呼吸で職場に立っている。

 擦り切れそうな精神が生んだ処世術は、大げさにいうと記憶飛ばしだった。

 気づけば帰宅。気づけば仕事中。気づけば電車の中。気づけば食べていた。気づけば買っていた。自分は寝たのか寝てないのか、判別が難しいくらいに、物事物事の間を繋ぐ過程の記憶が、全く思い出せないのだ。それは泥酔しながら帰宅した翌朝のベットの上にものたものだが、強烈な酔いがない分、得体の知れない気持ち悪さが胃を襲う。

 その所為か、生活する全ての出来事が、なんだか夢見のように、胡乱と感じる。夜道の帰路、廊下の蛍光灯が点滅している高層ビルの8階を横目に見るような感覚。

 嗤い声も、喉を詰まらせる嫌悪も、背中を指す罪悪感も、最早遠い世界の出来事のように、「あぁ、苦しいな」と鈍く反応するだけで、痛覚は遮断されていた。かつて言われた言葉を、予感はしていたけれど、いよいよ僕が言う番だ。

 どうして普通の人間になれなかったんだろう。

 ふつうに、普通に生きたかった。

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