でんちゅう随想録

夜のような虚無が好き。

友人を救えなかったハナシ

 青春の光を浴びて、どこか幼い香をたてながら大人になろうと枝葉を伸ばしていた、若き熱に駆り立てられた中学生の頃。

 僕は窓辺で本を読み続ける虫で、彼女は僕からは遠い領域で勉強していた。

 そしてそんな彼女に僕は恋心を抱いていた。初々しい火花は臆病な草にたびたびうつり、その度に僕の視線は彼女の後ろ姿に留めていた。

 今思えば、彼女にしかない表裏なき純粋な嘘のつけない明るい性格に、憧れが変換されて惹かれていたのだろう。

 もちろん、彼女と僕は会話をすることなく卒業して、高校も別々で敢え無く僕の恋心は風化した。

 2年後、中学のクラスメイトたちで集まるクラス会にて僕と彼女は再会した。大体が高校デビューを果たした姿のギャップで会話は占められていたけれど、僕と彼女は高校を辞めたという共通点から、大きい集団とは外れて喋っていた。

 歳月の果てに再会した彼女は、僕の知っていた彼女とは酷く違っていた。親の離婚による転校、学費が払えないことによる退学、定時制に通いなおし、水商売をしながら自力で金を稼ぐようになっていた。

 愚かなことに、僕はただただ他人行儀で、「かわいそう」という心印象しかなかったのだ。幸い、僕のそんな姿は同情され続けていた彼女にはとても新鮮に映ってくれたようで、自然な笑顔を見せていた。

 それから幾度、連絡を取るようになった。

 内容は他愛ない世間話だったり、彼女の愚痴を聞くことくらいで、特にこれといったことをしていたわけではなかった。それから半年ほどの月日が流れたある日、彼女から電話がかかってきた。

「もうだめだ、生きられない、死にたい、死にたい、、、。どうしよう、死にたくてしょうがない」

 電話口から聞こえるその声は冗談ではなくて、まぎれもない死者の言葉だった。

 3年かけた貯金は母親にとられ、バイト先からは追い出され、単位が足りなくて定時制の高校からも学習停止をうけたらしい。彼女以外の理不尽が、彼女に降りかかって絶望しか広がっていなかったのだ。

 あまりにも幼かった僕は、「死」というフレーズに意識してしまって、死なないで、生きていてほしい、死んだら悲しいとか、そんな硝子細工のものしか投げられなくて。そんな硝子たちはすべて、彼女の絶望に砕かれていった。

 彼女の思いを聞かずに、僕は自分のことしか考えていなかった。「死んでほしくない」という自分がってな感情だけしか、ぶつけていなかった。

 

「ありがとう」

 

 彼女の電話はそれで終わって。

 訃報を聞いたのはその2週間後だった。

 彼女と親しかった友人から連絡が一つ。自殺した、と。

 

 涙は流れなかった。ただ、あのときの電話で救えたのではなかったのだろうか。僕は最後の砦だったんじゃなかったのだろうか。そんな罪悪感と、勝手に僕の所為と決めつけている結局の自己中心的な性格に、嫌悪して。

 ただ、足りなかった。

 彼女を救えるだけの力を、僕は満たしていなかった。

 残ったのは後悔の灰で、今も風が飛ばす粉灰にむせる。

 

 何の因果か、僕の周りには人よりも死に近いところに立っている人が集まる。

 まるで神が僕を試すかのように、抱いた罪悪感と嫌悪、後悔を忘れさせない啓示のように。

 救えなかった彼女は、イマジナリーフレンドのようにたまに視界の隅にいる。

 あのとき、彼女の首を絞めた縄は重かったのだろうか。彼女は、重さを縄に任せて、死という安堵を得られたのだろうか。彼女の選択は間違っていたのだろうか。

 決して生きるという行為が正しいとは僕は思わない。死という完結を、僕は否定しない。ただ、尊重するべき死と、卑下しなくてはならない死があるのも事実。

 生きている限り、僕らはいつも死と手をつないでいる。

 その温度を、暖かいと感じるべきなのか、冷たいと感じるべきなのかはまだ、今の僕にはわからない。

 ただ人が人を救う手段は、人に影響を与える魔法は、僕が考える限り「言葉」しかない。だからいつまでも、僕は魔力ある言葉を、人のために使えるような大人になろうと思う。

 バスの窓外から見える眩いテールランプが、バスから伝わる振動とともに僕を鼓舞してくれている、そんな気がした。

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