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星になりたかった。

淪落

 家の中で突然号泣したり、意味もなく体の中を流れる破壊衝動に身を任せて、部屋中のものを壊しまわってしまったり。お札をびりびりと破いてしまったり、延々と天井を見上げてそのまま眠りにつく。

 食べ物は一切手を付けられなくなって、それは体の中に異物を入れるのが、汚い行為と考えてしまっている自分の潔癖症が遠因しているのだろうけれど、物理的にストレスによる食道狭窄で固形物がのどを通らないという問題もある。

 嘔吐癖があるわけでもないし、食べ物がごみに見えるわけでもないのだけれど、ただただ「食事」に対する欲求がなく、また自分がご飯を食べている姿を想像すると、謎の羞恥心が生まれてしまって、なかなか口が開かないでいる。

 サプリなどは平然と摂取できるので、体調的な問題は一切ない分、拒食の歯止めが利かないのもいいような悪いような。

 僕の場合、情緒不安定になる、というイメージよりかは、常にナチュラルにおかしくなる、という印象。

 他人に干渉されたくないはずなのに、孤独感、寂寥感が僕の心を殴り続けた結果、手を出したことのなかった「チャット」や「出会い系」をやるようになって、空虚な話し相手、遊び相手を形成するようになった。しかしやはり心は満たされなくて、誰かと話しているはずなのに、誰かと出会っているはずなのに、人形に喋り続けている幼少の気分が消えてくれない。

 あきれてしまっているのはそれでも、死にたいという欲求がなく、生きる希望を捨てていない自分だ。それはたぶん、見て見ぬふりをしているだけで、実際は存在している生きたい理由があるからで、その事実、箱の中身を知りたくない、箱の存在を認めたくないというプライドもある。単純に、死の恐怖が肩を叩いているというのも自覚している。

 しかしいつまでたっても堕ちているわけにはいかない。玄関の扉を開ければ、嫌悪する現実が、我が物顔の日常が歩いている。避け続けていた仕事も、だんだんと僕の背中に追いついてしまっている。

 歴代、過去の処世術のおかげで、精神的に弱っていてもその気配を察知されることなく、仮面をかぶるのは容易なのだけれど、しかしさすがに、仮面の剥落が気になってしまう。

 すべての人生を終了して、最後に今までつけた足跡を見たときに、僕が生きた実績を後悔しないように、という意味を込めてこのブログを「随想録」と名付けたけれど、今は名前負けしてしまっている。

 別に何らそのことに対しては悔しいとかいう反発心はないし、だめだなーと、ぼおっと遠巻きに眺めている程度の認識なのだが、思うところがないわけでもない。

 他人に対して抱いていた劣等感も、嫉妬心も、いまはその心意気を抱くことすら面倒で、疲労してしまう。

 精神的弱体なのか、強化なのかはよくわからない。

 あぁ、もう落ちることはできない。放置していた日常が、置いてきた日々がやってくる。

 もう残り少ないこの時間を惜しんで、自分のあばらで洗濯をする。