でんちゅう随想録

夜のような虚無が好き。

いつも片思い

 帰宅路の途中、偶然Nと遭遇したので、一緒に食事をすることになった。意地を張っているわけでもないけれど、意図的にお互い連絡を取り合っていなかったので、積もっていた近況などを報告しあった。

 Nは目標ができたらしく、それに向かって現在励んでいるらしい。目標内容は大学進学らしいけれど、どこの大学かは教えてくれなかったので少しだけもやっとしたままですが、、。

 Nと喋りながら、自分は自分の中にある心の変化を如実に感じ取っていました。普段の自分なら、Nの一挙一動、言葉ひとつひとつに集中して返事の仕方を考えたりとか、ドラクエでいうコマンド選択をしながら会話をしていたのですが、この瞬間、自分はNの言葉を障子越しに聞いているかのように、無意識的に会話の応答をしていることを自覚する。

 悪い意味で聞こえてしまうけど、「どうでもいい」と思いながら接していたのだ。でもこれは、過剰にNを意識することがなくなったのだと解釈した。約束をしてから。また、来春遠い所へ行ってしまうNを考えると、考えすぎて具合が悪くなってしまい、生活に支障が出るので、心に南京錠をするようにして、体を忙しさに置いた。

 そのせいあってか、Nと久しぶりに対面した今も、非常に落ち着いている自分を客観視できていた。

 しかしやはり別れた後、自分の感情の凄惨さに、冷たくなっていっているようにも思ってしまって、頭を抱えてしまう。

 約束を守るために頑張る。しかし、何を頑張ればいいのかが相変わらず見えていない。その約束が来るのも、早くて4年。自分は待てるだろうか?何をしているだろうか?その期間の間に、Nは知らない人になってしまうのではないだろうか。

 バクマンという作品で、サイコーとアズキミホという、主人公とヒロインがいる。二人は互いの夢がかなうまで、会わないという約束をする。そして6年後に、約束を果たして結ばれる。

 この物語の終わりのように、自分の将来にも望んだ結末が待っているのだろうか。

 1年後すら自分の後ろ姿が見えていない状態の自分では、到底予想がつかない領域だった。

 こうやって自分が何度も自分の人生について考えて、思いをはせるけれど、一向に分かり合うことはなくて、また人生のほうから歩み寄ってくることはない。きっとこれからも、将来という人生とは分かり合えないのでしょう。

 だから自分は、いつも自分の人生に、運命に片思い。しかし純朴な青少年のように思い続けることもなくて、頻繁に疲れてしまって放棄することもある。

 羅生門、下人のような人間性をどこか自分が秘めている。

 だから、自分が今なりたいのは安定した収入とか、平穏な日常とかじゃなくて、強い人になることだった。

 小さなことでいちいちうじうじしなくて。取捨選択して適切な行動がとれて。一つ一つの言動を頭の中で考えることもなく、すぐに口に乗せられて。有言実行で、能力が高く、仕事ができて、人を信じる心があって、人情にあふれて勇気もあって。

 そして自分を好きであること。

 疲弊はしても、霞むことはない。Nと出会ってしまって揺らいでしまったけれど、自分が唯一生きる目的を見失わず、また想像するだけでも長い時間に窒息しないように芯をもって手綱を握る。

 Nが時間に反映されて、変わってしまうという恐れも、それこそ、理想の人のように信じて。

 4年後、あるいは5年後6年後、約束を望む形に収められるように、荒野を歩く。

 荒野というよりは、降雪する雪道で、白景色が地平線を消すくらいに純白のイメージ。

 でも頭の中の空白が広がることは、まだない。

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