縷々

星になりたかった。

勇者とチョコレート

 今日は久しぶりに朝から目的がある一日だった。

 人に会うから、滅多にしない人と会う用の身なりに整えて、外出した。

 ゲームのRPGでいう勇者のような出来事で、靴が埋まらない程度に雪が積もった歩道を歩いていると、親とはぐれてしまった子供がいた。無視してすれ違うこともできたけれど、あとあと思い出して罪悪感に苦しむのも嫌だったので、困っている子供を助けるというキザな行為をしている自分を見て見ぬふりをして、親を探して回った。

 はぐれないように、手をつないだ。しかしつないだというよりも、その子供は若干4,5歳くらいだったから、握るというよりは自分の手が子供の手を包むというつなぎ方だった。だから、手の中に感じる子供の手の冷たさと、自分の手の体温が反発しあっている感覚が新鮮だった。

 無事その子供の親と合流することができて、その場を後にした。

 人と会う約束を果たした後に、通帳の繰り越しをするために銀行へ足を向けた。平日の昼ということもあって、銀行の中は老人であふれかえっていて、ATMには長蛇の老が並んでいた。

 受付で繰り越しの手続きを終えて銀行を出ようとATMを通り過ぎようとしたところで、なぜかATMの前で困り顔で通帳をくしゃくしゃにしたおじいさんが、銀行員ではなく自分に話しかけてきた。どうやら現金の引き出しがよくわからなかったらしい。

 断るのも変だったので、他人のおじいさんの暗証番号を聞きながら、現金を引き出してあげた。そのまま老人は無言で自分を横切って行ってしまった。

 まあ、感謝されるためにやったわけではないからいいか、と言い聞かせながら胸の中に発生したもやもやを誤魔化しながら、今度はプログラマ養成教室へ向かう。

 道中、向こう側から来る人がなぜか自分が何度もよけようと逸れると、その逸れた方向に向こうもよけてきて、ぶつかる寸前までいってやっとすれ違えて、みたいなことがあり、「この老害め」と胸中毒づいて、向かうことに。この時点で、人助けをする勇者気分でいてる人間にふさわしくない精神だったのを指摘したいけれど、そこはご愛嬌。

 夜は仕事をして、退勤するとき。同僚の人からバレンタイン象徴のチョコレートをいただいた。いわゆる義理チョコというよりは、労いチョコという具合で、もらうことができた。「いつも頑張ってるから」という一言の後のチョコで、はたから見たら装飾のないバレンタインメモリーだけれど、自分には大きな感動になった。

 評価するとか云々の前に、自分と同じ位置に並んでいる人が横目に見ていてくれたという事実に、とても元気づけられた。

 帰宅して、もらったチョコを一口。クサいことを言うようだけれど、今日あった嫌なこととか蓄積した疲労を、チョコの甘さが弛緩してくれて、力んでいた肩が少しだけ下がった気がした。

 最後に毎日の日課をやって眠る。

 今日はいい一日だったろうか。自分は思わない。でも未来の自分がこれを読み返したとき、良い日だったとハンコを押すかもしれない。

 だから、一日を切り取って俯瞰して評価してきたけれど、それはどうでもいい評価なのだ。意味のない評価に思考を労するよりも、今できることに馳せる。

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