でんちゅう随想録

田中と書いて読みはでんちゅう。未来の自分が読み返す為の記録。

たったひとつの無自覚な悪意

 誰しも生きていれば必ず誰かを傷付ける。自分が誕生した家族で例えるならば、母は天然が故の発言で。長女は毒の強い言葉で。次女は沈黙で、自分は人を選別視する精神で人を傷付けた経験がある。そして父親は、自分主義の性格で周囲を攻撃した。その矛先は、自覚のないままこちらに向くこともあった。

 離婚し、別れてから数年振りに父親と面会した。妹2人は未だ精神的に父親と会える状態ではないので、面会したのは自分1人のマンツーマンだった。

 別段、会う理由も気持ちも無かったのだけれど、音信不通の息子を持つ父親を客観視し不憫に思って、会ったのだ。だから、「会った」というよりは「会ってやった」という立ち位置。

 しかしこの行動が今となっては後悔そのものなのでしかないけれど、、。

 父親は昔から典型的な「自己中心」のお方で、また自分が敷いたレールの上を歩かせたいというよりは、自分が歩いたレー上のルールを絶対視し、そのルールを強要させるという思想の持主。昔からこれが起因で、やれ「こうあるべき」「これはこう」の言葉に悩んできました。

 久しぶりの再会で、また向こうの記憶の中には幼いころの自分しか残っていませんから、長い時間で変化した息子の姿によそよそしい態度で、また自分も古い記憶の中の父親の容姿とはかけ離れた老いの風貌に感化されてしまい、「自分の知る父親は死んだのだ」と思いました。しかし、数回会うと、打って変わって向こうも他人の態度からだんだんと方向転換しだし、「社会人とは」「働くとは」とメールアドレスを好感してから、定期的に送られてくるようになりました。

 ひどく面倒でうっとうしかったので、見ることもなく、またメッセのやりとりが比較的「LINE」のため埋もれてしまい、返信することは一切ありませんでした。また、父親とラインも好感しているので、そっちで連絡して来いよ、といういら立ちもありました。

 当然向こうもだんだんと不機嫌になり、とうとうラインで直接の罵詈雑言が送られてきました。そして、人生のジンクスでこういうストレスというものは、きれいに重なって身に降りかかるのです。

 仕事でもプライベートでもあまりうまくいかず、落ち込んでいるところをピンポイントで連絡してくる父親の変わらない人間性に、受け入れるキャパを大きく飛び越えて、逆に笑いさえ出ました。

 やっぱりいつまでたっても相いれない父親と自分に、笑いながらヤケ酒です。

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