でんちゅう随想録

田中と書いて読みはでんちゅう。未来の自分が読み返す為の記録。

恋憧憬:2

 恋愛のことを、春の訪れと表現する方法がある。

 僕はこの表現がいまいち理解できず、おぼろげに理解したつもりでいたけれど、ようやっとその表現の本質をくみとることができた。

 また、こうして文章で表現するあの世界の難しさをこうして実感する。だから、春ととらえた人はうまい。大げさに言ってしまえば景色が違って見えるし、それこそ初めての恋人ができたしまいには一日の始まりに祝福さえしてしまうのだ。

 いつもより軽く感じる制服を着る。片道50分かかる通学路を自転車でこぐペダルの反動も不思議と気にならない。視界に映る人間すべてに毒づいていたはずが、風景の一部としてとらえられている。

 半日を学校で過ごせば、放課後は彼女と過ごした。一人では絶対に立ち寄らないカフェにいったり、彼女の影響でファッションを気にするようになったり。今思えば初々しい変化が毎日のように、僕にもたらされた。

 唯一手を伸ばせなかった恋愛というジャンルも、共感できるものになり、投影まで進むようになった。

 帰宅したらLINEで懲りずにやりとりをして、眠りについた。

 彼女は僕と違う高校に通っていて、また僕よりも優秀だったから、それなりの制服を着慣らしていた。ただ怜悧な反面、不思議なところもあって。趣味はマンホール観察、好きな食べ物はキャベツの芯、好きな曲は安室奈美恵、好きな本はごんぎつね。

 だから彼女と僕の差をあまり考えることはなくて、隣を歩いていてコンプレックスに思うようなこともなかった。互いにシングルマザーの家庭で育ち、似たような不満を抱えていたところにもシンパシーがあった。

 そんな不具合の発生しない二人だったから、一切喧嘩をすることもなく、時間は過ぎていった。

 けれど、終わりは近づいていた。

 高校2年生の後半、いろいろなことがあって学校に行くのに嫌気がさして、出席日数ギリギリの登校を繰り返していた。また、バイトをしていたのだけれど、そのバイト先で仕事を任せられるようになって、放課後や休日もバイト尽くめになるような生活に変化していった。

 並行して彼女との時間も減少していって、LINEでのやりとりもなくなっていった。

 彼女も何かしらのことを感じていたのか、僕の彼氏としての行動を言及するようなことはなかった。

 決め手は、僕が学校をやめた事実だった。

 高校に行くのが嫌だというのもあったけれど、自分の時間が欲しい一心だった僕は通信制の高校に転入することを選択した。前述したように、彼女は僕よりも優秀で、正常な頭の所持者だったから、通信制に登校する僕が異常に映ったようだった。

「別れよう。支えられないし、そのほうが私と君のためだと思う」

 久しぶりのデートの終わり際、彼女はそう僕に告げた。僕は反対し、理由を聞いたけれど、彼女は口をつくんで、不器用に口角を挙げながら僕を見つめる。

 僕は「わかった、いままでありがとう」と言って、関係は終了した。

 家に帰って、僕は巨大な自己嫌悪に襲われた。

 それは彼女の心の変化に気づいてやれなかった自分の不遇さにではなく、関係が終わったことに何も感じていない自分の心の冷たさに嫌気がさした。いや、正確にはこの冷たさの理由を見て見ぬふりをしていたことに対してだ。

 僕にとって彼女は一緒にいて「楽しい」存在だった。もちろん、恋慕だってあった。でも恋慕から派生する欲求はなかったし、実行もしなかった。

 隠していたけれど、彼女と出会ってから少しして、僕は違うところである人物と出会っていた。そしてその人は、僕にとって「支えたい」存在だった。

 つまり僕の中には一緒にいて「楽しい」彼女と、「支えたい」と思う人が同時に存在していたのだ。この事実に僕は目を背けたまま、彼女と関係を維持していた。

 最低だ、と罵ったところで傷ついていない自分に落胆し、どこか安心している自分がいることに何度も殴り続けた。

 しかしいくら自己嫌悪に走ろうと、一番の被害者は彼女だ。そう悟ったって気味の悪いだけなのだけれど、僕はそれからずっと彼女に謝罪した。自己満足だけど、それでも謝り続けた。

 今となっては元の一緒に遊ぶ友人にまでは回復したけれど、この過去がいつも自分に首輪する。どうしようもないうしろめたさ、罪悪感の花束を抱える。

 だから僕にとって憧れだった恋愛の結末は、ひどく後味の悪いものとなったから、今でも恋愛はトラウマなのだ。

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