縷々

星になりたかった。

3グラムの日常

 今日は一日フリーの日だった。

 寝たのは今日の深夜2時で、起床したのは今日の夕方4時。半日を睡眠で過ごしてしまったことに多少後悔しながらも、特に出かける用事もなかったのでよしとした。

 納品し忘れていたデータを納品した後、軽くネットサーフィンをして、ニュースを流し読み、最近ハマったジャスミンティーを飲む。

 ここでもったいないように思った。休日というものをこんな雑に吸収、処理してしまってよいものなのか。平日、仕事で忙しくてなかなかやれないことを休日にするのがまっとうな使い方なのではなかろうか。

 そう思い立って普段しないことイコールでパソコンのバックアップ作業をした。違う。なんか違う。違和感を覚えながら、ディスプレイのバックアップゲージが溜まっていく緑を眺める。

 ゲームをするにも、電源を入れるのが面倒。読書も気分ではないし、音楽を聴くテンションもない。料理するにも腹はすいていないし、今からどこかに遊びに行くような時間でもない。掃除は毎日必ずやっているから、今から掃除に取り掛かる必要性がない。

 やらなきゃいけないことはあれども、やりたいことがない。

 もっと幼いころはあれほど平日を憎み、休日を祝福していたのに、今となっては祝福するべき休日を持て余してしまっている自分に若干の落胆を覚える。

 生活環境を変えて、自分の環境が変わったことといえば、職場が近場になった。コンビニとスーパーが近場になった。クロネコの人と仲良くなった。それぐらいだった。

 こうして日記のように今日を書き出そうと奮闘しているけれど、書き出すほどのエピソード、イベントがないので日記としての機能すらしていない。

 人間という生命を全うしていない自分の心に対し、謎の焦燥感にかられるも束の間で、結局はなにもかも放り出して、無心のまま壁を見つめるのだった。

 これは鬱ではないと思う。ただ、自分が一番落ち着く方法がこれしかないのだ。自分の家の壁をまっすぐ見て、そして焦点をぶれさせ続ける。もちろん視界はピントが合わずに、真っ白な壁もぼやけて映るのだけど、この瞬間が一番自分の精神を落ち着かせる。

 これは人が焚火を見つめる感覚と一緒だと思う。それこそ去年ブームになったハンドスピナーを使う気持ちに近い感情。

 だから今日の出来事をまとめると、寝て起きてネットして壁を見つめた。ただこれだけの休日。

 こういう何でもない日常に、一遍も幸せは感じないし、微塵も楽しいなんて感情はないけど、不幸に感じることもない。外界から隔絶されたこの空間が構築する平穏が、自分の精神の波長を一番波たてずに一定のリズムを刻ませてくれるのだ。

 もう寝よう。明日は平常の仕事が待っている。

 おやすみなさい、

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