でんちゅう随想録

田中と書いて読みはでんちゅう。未来の自分が読み返す為の記録。

孤独だったろうか:2

 両親が離婚したのは自分が小学五年生の時だった。

 そのことを母親から聞いた時のことは、今も鮮明に覚えている。妹二人と、母一人に私の四人で泣きじゃくった。

 そのあと、けろっとゲームをやっていたのも記憶にある。多分、子供ながらの直感的なもので、こうなることを予感していたのかなと、今では思う。

 離婚が決まってからは、怒涛の勢いで生活環境が急変していった。

 一軒家から賃貸アパートの生活になり、母はブラック企業で夜通し勤め。

 自分は長男の位もあって、妹たちの面倒を任されていた。

 このころから、自分の中の世界がごろっと変わったのだと思う。

 離婚し、引っ越しをするまではクラスの中心で騒いでいるような、わんぱくな少年だった。が、転校先の小学校で、全く異なる「小学校」のコミュニティについていけなくなってしまい、嘔吐癖がついてしまったり、喘息がつきまとう体になっていった。

 またこのころの自分は、社会に適応するスキルを身に着けていなく、社会に自分を主張するスキルしかもっていなかった。その結果、社会からの隔絶。いわゆる「いじめ」が発生した。だんだんと学校へ行く足取りは重くなっていって、やがて不登校になった。

 初めてのシングルマザーで、またブラック企業に勤めていて身体的にも、精神的にもまいっていた母親を頼れるわけもなく、ネットワークの世界にふさぎこもった。時々、妹二人の無垢な笑顔と呼び声に、本当の殺意を覚えて包丁を握ったこともあった。

 すべては「理性」がはたらいて、間違いを起こさなかったが、、、。

 それから半年くらいが経ち、母がブラック企業を辞め自営業になることが決まった。

 同時に引っ越しもきまり、二度目の転校になった。

 新しい学校、新しい生活。それが少しだけ、さびた心を回復させた。

 転校先の小学校は、かなりの少人数で、2クラスしかない家から徒歩5分の学校だった。このときの自分は、しっかりと新しい「コミュニティ」に参加するスキル、というよりかは処世術を学んでいた。

 おかげで、自然と友達は増え、充実した残り半年の小学校生活を送ることができた。

 小学校を卒業して、中学校に入学。初めて着る制服の感触と、小学校とは違う学校のシステムに大人になった気分でいた。

 家庭環境もだいぶ落ち着いていった。母親は自営業のため、ずっと家にいる。妹二人も、新しい幼稚園、小学校にはなじんだらしく、相変わらずの無邪気な笑顔を向けていた。何よりも安心したのはやはり、母親の顔から苦しさがあか抜けたからだろう。

 将来への不安や、無自覚の心配するストレスなどもなくなって、変についていた嘔吐壁も喘息も完全に治り、バドミントン部に入部して学校と部活を両立する、健康的な日常を過ごしていた。

 そして、中学2年。

 母が、新しい家族を連れてきた。母とは10歳くらい年下の男だ。

 同居人。

 新しい家族と、今までいなかった「父親」の席に座ることになった人物に、母は羨望し、妹たちは歓迎の手を広げる。

 自分も笑っていた。笑顔を浮かべていた。

 明確な歪みが、心の中で起きた瞬間だった。

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