でんちゅう随想録

でんちゅうなる人物が記す随想録。特に理由も目的もなく、衝動的に書く日記のようなもの。

寒空日和

 残暑を感じることもなく、怒涛の勢いで冷え込んできたことに喜びを感じているでんちゅうです。

 暑いより寒い、冷たいより温かいが好きな自分としては、秋から冬、春の初めまでが好きなのです。

 そんなホットコーヒーの美味しさもより引きたつ秋間近ですが、最近考えることは人を好きになることの難しさ。

 文章で表すとなんだかポエムみたいでで小っ恥ずかしいですが、別段深く「好意」について耽っているわけではないです。

 自分は従来の性格から余り友人も多くいなく、そのくせ物凄く人を選ぶ人間性ですので知人すらいないでいました。

 未だに同年代や年下の方と交流するのはドキドキものですけれど、今年に入って一つ気付いたのは、自分は年上の人と相性がいい、というものです。年上といっても1、2才上なだけですが。

 出会いは職場でした。新人として入ってきたTさんは、余り接客業向きではなく、早々に裏方作業に回され、教育を自分が担当することになりました。

 そこからは、年下が年上にものを教えるという罪悪感と気まずさの日々が連続し、その連続の中で段々とTさんの人間性を知っていき、やがては惹かれるようになりました。

 自分は「母子家庭」で育ったというステータスがあり、Tさんも「父子家庭」という中で育った方でした。

また他人に気を遣いすぎてしまう性分や、考えるだけ考えて口が追いつかない、過去に精神的に病んでいて、自死を考えていた頃があったなど、生まれ育った環境と軌跡、性格にお互いに共感したのが始まりでした。

 言葉は悪いですが、今まで生きてきて初めて、「この人!」と思える人に出会ったと、今でもそう確信しています。

 やがて月日は流れ、時間を重ねていき、職場だけの関係から遊びに行く関係に、そして恋人同士にまで発展しました。

 しかし、ここからが自分の失点というか、汚点というべき点です。

 初めての「彼女」初めての「恋慕」に当てられたのか、調子に乗ってしまったのです。

 おだっていた、という言葉に変換したほうが妥当かもしれません。そしてそれは、亀裂を生み、歪みを作り、やがての崩壊を助長しました。

 ある日のこと、Tさんは「前の関係に戻ろう」と切り出した。嫌いになったわけではなく、むしろ好きなままだし、今まで出会った人の中で一番好きだけれども、この感情が恋心なのか分からなくなってしまった。だから、前の関係に戻ろう、と。

 自分は瞬間水をかけられたかのように、冷静さを取り戻しておだっていた余熱を頬に感じました。

 Tさんの言葉の中に、「一旦」という言葉が、またそれに類する意味の言葉が含まれていないことを自分は見逃しませんでした。

 つまり、友達のままでいよう。それ以上の関係は、これからは起きないという事実。

 自分はあくまでも、向こうを尊重したい立場でしたから、「そうだね」といって結局、関係は友達に戻り、そこで終止符が打たれました。

 幸いなことに、現在進行形でTさんとは友達のままでいますが、自分の中にはずっと気まずさにも似た後悔が刻まれています。

 Tさんが好きでいたのは、まだ一線を引いていた頃の自分。だから、会話一つ一つに自分を見失わず、踏み込んでいい線と、超えてはならない線を見極めて、接しています。

 それは茶番劇地味ていて、まるで演じているように友達を続けていることに、やはりTさんに対する「申し訳なさ」と「後悔」があるのです。

 つくずく、人を好きになるのは難しいと偉そうに思いました。

 今年の秋は、去年よりも寒く自分を包んでいる気がします。

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